明治(めいじ)の西暦早見表
読み: めいじ
いつからいつまで
明治は1868年10月23日(グレゴリオ暦)から1912年7月29日(グレゴリオ暦)までの元号です(明治時代)。明治元年は西暦1868年、最後の明治45年は西暦1912年です。
- 改元日(和暦)
- 明治元年9月8日(慶応4年9月8日)
- 改元日(西暦)
- 1868年10月23日(グレゴリオ暦)
- 日数(改元日〜次の改元日の前日)
- 15,985日
- 名目の年数
- 45年
- 改元時の天皇
- 明治天皇(第122代)
- 通し番号
- 248中244番目
- 北朝を除くと228番目
明治元年〜45年の西暦早見表
年単位の対応です(旧暦の元日が入る西暦年)。 年の欄から、その年の個別ページ(年齢・出来事)へ移動します。
| 和暦 | 西暦 | 干支 |
|---|---|---|
| 明治元年 | 1868年 | 戊辰(つちのえたつ) |
| 明治2年 | 1869年 | 己巳(つちのとみ) |
| 明治3年 | 1870年 | 庚午(かのえうま) |
| 明治4年 | 1871年 | 辛未(かのとひつじ) |
| 明治5年 | 1872年 | 壬申(みずのえさる) |
| 明治6年 | 1873年 | 癸酉(みずのととり) |
| 明治7年 | 1874年 | 甲戌(きのえいぬ) |
| 明治8年 | 1875年 | 乙亥(きのとい) |
| 明治9年 | 1876年 | 丙子(ひのえね) |
| 明治10年 | 1877年 | 丁丑(ひのとうし) |
| 明治11年 | 1878年 | 戊寅(つちのえとら) |
| 明治12年 | 1879年 | 己卯(つちのとう) |
| 明治13年 | 1880年 | 庚辰(かのえたつ) |
| 明治14年 | 1881年 | 辛巳(かのとみ) |
| 明治15年 | 1882年 | 壬午(みずのえうま) |
| 明治16年 | 1883年 | 癸未(みずのとひつじ) |
| 明治17年 | 1884年 | 甲申(きのえさる) |
| 明治18年 | 1885年 | 乙酉(きのととり) |
| 明治19年 | 1886年 | 丙戌(ひのえいぬ) |
| 明治20年 | 1887年 | 丁亥(ひのとい) |
| 明治21年 | 1888年 | 戊子(つちのえね) |
| 明治22年 | 1889年 | 己丑(つちのとうし) |
| 明治23年 | 1890年 | 庚寅(かのえとら) |
| 明治24年 | 1891年 | 辛卯(かのとう) |
| 明治25年 | 1892年 | 壬辰(みずのえたつ) |
| 明治26年 | 1893年 | 癸巳(みずのとみ) |
| 明治27年 | 1894年 | 甲午(きのえうま) |
| 明治28年 | 1895年 | 乙未(きのとひつじ) |
| 明治29年 | 1896年 | 丙申(ひのえさる) |
| 明治30年 | 1897年 | 丁酉(ひのととり) |
| 明治31年 | 1898年 | 戊戌(つちのえいぬ) |
| 明治32年 | 1899年 | 己亥(つちのとい) |
| 明治33年 | 1900年 | 庚子(かのえね) |
| 明治34年 | 1901年 | 辛丑(かのとうし) |
| 明治35年 | 1902年 | 壬寅(みずのえとら) |
| 明治36年 | 1903年 | 癸卯(みずのとう) |
| 明治37年 | 1904年 | 甲辰(きのえたつ) |
| 明治38年 | 1905年 | 乙巳(きのとみ) |
| 明治39年 | 1906年 | 丙午(ひのえうま) |
| 明治40年 | 1907年 | 丁未(ひのとひつじ) |
| 明治41年 | 1908年 | 戊申(つちのえさる) |
| 明治42年 | 1909年 | 己酉(つちのととり) |
| 明治43年 | 1910年 | 庚戌(かのえいぬ) |
| 明治44年 | 1911年 | 辛亥(かのとい) |
| 明治45年 | 1912年 | 壬子(みずのえね) |
干支は西暦年の干支(60年周期)です。
年単位の数え方と暦
- 和暦の1年( 旧暦 の元日〜大晦日)を、その元日が入る西暦年に対応させています(国立天文台 暦計算室の年単位の対応)。 改元のあった年は、その旧暦年の最後の元号で数えます(前の元号の最後の年と新しい元号の元年が同じ西暦年になります)。
- 旧暦の年末の日付は翌年の西暦になります。例: 弘化の改元日は天保15年12月2日=1845年1月9日(グレゴリオ暦)ですが、弘化元年は西暦1844年です。 日付で調べるときは国立天文台「日本の暦日データベース」をご利用ください。
- 西暦の日付は、1582年10月15日以後をグレゴリオ暦、それより前をユリウス暦で表しています(日付の後ろに暦の種類を添えています)。
- 白雉の後と朱鳥の後(655〜685年・687〜700年)は元号がありません。
元号の数と南北朝
- 元号の数は、南北朝期(1331〜1392年)の北朝の元号16を含めて248、北朝を除くと232です。 通し番号は北朝を含む通算(令和=248番目)で、北朝を除く数え方(令和=232番目)も添えています。
- 南北朝期は南朝と北朝の元号を両方載せ、並べるときは南朝を先にしています。どちらが正統かは扱いません。
- 日数は改元日から次の改元日の前日まで(両端を含む)です。南朝と北朝の両方で使われた元号(建武・明徳など)は系統ごとに期間が違うため、どちらの系統の期間で数えたかを書いています。 改元の日が分からない元号(文中)と、その前の建徳、後に元号の無い年が続く白雉・朱鳥、今の令和は日数を出していません。
- 年数は、最後の日の年の番号(名目の年数)です。
時代の区切り
時代の区切りの年は説によって異なります(例: 鎌倉時代の始まりは1185年・1192年)。このサイトでは次の年で区切り、改元日から終わりの日までの期間が区切りの年をまたぐ元号には両方の時代を書いています。 明治・大正・昭和・平成・令和は元号と同じ名前の時代とし、明治の前の慶応までを江戸時代に入れています。
読み・天皇
- 読みは明治・大正・昭和・平成・令和の5つだけ、一次資料(宮内庁・e-Gov・総務省)から載せています。 明治より前の元号の読みは辞典によって異なり、このサイトでは利用条件を確かめられる資料が無いため載せていません(「読み: 未確認」と表示します)。
- 改元時の天皇は、宮内庁「天皇系図」の在位の年で1人に決まるものだけ載せています。改元の年に天皇が代わった元号は特定せず、候補を書いています。
- 改元の理由・出来事は、一次資料を確かめていないため載せていません。
出典
- ・国立天文台 暦計算室「日本の暦日データベース」ver.1.2a 国立天文台 暦計算室「日本の暦日データベース」をもとに作成
- ・日本書紀 卷第廿五・卷第廿九(維基文庫の本文)
- ・宮内庁「天皇系図」 出典:宮内庁ホームページ(https://www.kunaicho.go.jp/learn/about/kosei/keizu.html)を加工して作成
- ・国立公文書館「日本のあゆみ」(明治改元・大正改元・昭和改元)
- ・e-Gov 法令(元号法・昭和64年政令第1号・平成31年政令第143号)
- ・総務省「元号を改める政令等について」(平成31年4月2日)内閣総理大臣談話
データの取得日: 2026-09-29。表や文章は Wikipedia から写していません。
関連
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- ・干支・厄年・節目を整える
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データの時点:2030年まで((範囲の定数))